スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--.--.-- | | スポンサー広告

“眠り”への助走

物語になりやすいのはハッピーエンドではなくて、どこかに釈然としない理不尽さを残し、
やりきれなさや哀しみを伴うことの方が多いように思う。
それが人の世の表れだからなのか・・・


夕べ、一晩で一冊の本を読み終えたが、後半になってくると結末が見えてくる。
きっと彼は死ぬんだろうな。。。。


そして案の定、彼の死を暗示させて物語は終わった。
うすうすわかっていながらも、彼の死に少し泣けた。

予測通りで納得してるような、、、、
でもドラマチックなものとして終わらせることが当たり前すぎてつまらないような。。。。
物語だからドラマチックなものなのか、
全てが万々歳に丸く収まってしまうような幸せな風景は
間の抜けた軽さが感じられてしまうからなのか、、、、


実生活において人は幸せを求めながらも、
架空の物語にはそれを求めていないような気がする。

とは言いながら、意識的に求めるものがあって物語を読んでるわけではないが、
時に、私は「泣く」ことを目的として本を物色することがある。
涙を流すという行為は浄化作用があると思っているのだが、
そのカタルシスを得る為に、積極的に「泣く」読書をしたくなることが時々ある。
それは、ちょっとした趣味的な気分にすぎないのだけれども。

一言で「泣く」と言っても、物語の内容によって涙の気分が違ってくる。
晴れやかで清々しい涙もあれば、やりきれない哀しみ深い涙であったり、
泣き笑いの心温まる涙の時などと様々だ。
どんな類の涙でも、読書して泣いた後は体が軽くなったような浮遊感がある。
そのぼんやりとした軽さが好きだ。

しかし、そんな架空の物語など読む気になれないこともある。
リアルな実相に触れたい気分の時だってあるわけで、、、
そうすると物語的な本からは遠ざかり、
新しく知る喜びをもたらしてくれるような本を求めたりと。。。。
いつだって気の向くままなんだけどね。

活字中毒ではないが、就寝前に最低一時間以上は何かしら本を読む。
読む本が無いときは、以前に読んだものを本棚から引っ張り出してくる。
読書が睡眠までの助走になってるのかもしれない。




稲葉さぁ~ん
助走なしでア~タの胸に飛び込んでいけるぅ~♥






スポンサーサイト

2006.01.27 | | Comments(0) | Trackback(0) | 雑感

コメント

コメントの投稿


秘密にする

«  | HOME |  »

プロフィール

志凛

  • Author:志凛
  • 稲葉浩志大好物

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。