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『結晶』 私的歌詞解釈

1/25発売 『衝動』の2nd『結晶』

「まばゆいほどの言葉が 正しく繋がりつづけ」
という歌詞の「正しく」の一語に引っかかりを感じ、
どのような意味を持って「正しく」が使われたのか疑問に思えて、
それを自分なりに解釈してみようとして始めた私的歌詞解釈です。



この歌詞全体から受ける印象としては、曲調からしても、
柔らかくふんわりと陽射しがふりそそぐ冬の一日のように思える。
そのように想起させるのが、ひらがな使いの「きらりら」と「ちらりら」という
稲葉特有の擬態語。




太陽が きらりら
道路に長い影をつくり ぎゅっと
マフラーに顔をうずめる      (今日は何曜日)



何とはなしにふらりと歩いていると、一緒について来る自分の長い影に気づく。
「長い影」は冬の季節感と共に淋しさも感じさせる。
まるでその影は自分の分身であるかのような・・・
影・・・・「光と影」「表と裏」、それは対になって存在するものだ。
ふだんは隠れた裏側に抱えたものの象徴として、ここでは「影」が登場してると思う。

分身であるかのような「影」に「僕」は何を思ったのか、、、

コーラスの「今日は何曜日」という一人言のような問いかけに続けて、
胸の奥に秘められていた想い(影)によって、問わず語りの呟きがこぼれ出てくる。


電話してもいいですかね
寒いねぇって言いたいだけ
あの日降った雪のこと
想うのは僕だけですか ねぇ



問わず語りの向こう側に見える相手は誰なのか、

きっと「雪の降ったあの日」を「僕」と一緒に過ごした女性なのだろう。

しかし、「・・・ですか」との言葉使いには、「僕」と女性との距離感が感じられる。
その距離は時間的な距離であり、二人の親密さの度合いなどを表す距離感
なのかもしれない。

そして「・・・ですか」の後に「ね」があることで、私は、この疑問文を問わず語りと解釈し、
また、「ね」は自分自身に向けた言葉として、自問の意味も含んでいるように感じられた。

「寒いねぇ」って言いたいだけなんだけど。。。。本当は『君の声が聞きたくて・・・』
「電話してもいいですか?」「ね。。。」『さりげなく電話してもいいのかな。。。でもやはり・・』

「あの日降った雪のこと」・・・・
それは『雪の降ったあの日のこと、一緒に過ごした彼女のこと』を想う「僕」なのだろう。
そんな「僕」は、「ねぇ」と彼女に問いかけるように、『君も僕と同じように想っているだろうか。。』と。


町の灯が ちらりら
哀しみなんてないんだと言うように
順々に空をふちどる           (涙はどこへゆくの)



「順々に空をふちどる」「町の灯」が「哀しみなんてないんだと言うように」感じられる「僕」。
「町の灯」・・・それは光であり、表の部分。
今の「僕」は「影」を抱いてるがゆえに、自分とは対照的に感じられる「町の灯」。
だからこそ、「涙はどこへゆくの」と彼女に会えない哀しみが表出していると思われる。


手に触れてもいいですかね
柔らかさを知りたいだけ
海辺に吹いた風の匂い
恋しくなったりしませんか ねぇ



そしてまた問わず語りに彼女を想う「僕」。
さっきは電話越しの声だったり、ぼんやりとした想いだったが、
冬の夜の寒さと闇が増すにつれ、直接的な彼女のぬくもりや匂いが恋しいと想いを馳せる。
「海辺に吹いた風の匂い」は彼女の存在の暗喩的表現と受け止められる。


数えきれない想いが 心の底 絡みあい
ま新しい結晶 いつしか花開くでしょう

忘れられない景色が 静かに重なりつづけ
ま新しい結晶 いつしか花開くでしょう



「心の底」にある「数えきれない想い」は決して単純明快なものではないのだろう。
なぜなら「絡みあい」在るのだから。
彼女と交わした数々の「想い」や、別れた後の彼女に対する「想い」や、
会いたくても会えない「想い」などなど・・・・

その「数えきれない想い」で綴られた「忘れられない景色」が「静かに重なりつづけ」、
または、「僕」と彼女がそれぞれに抱く別々の「忘れられない景色」も「静かに重なりつづけ」。。。


ま新しい結晶 いつしか花開くでしょう


いつしか(未来)花開く「ま新しい結晶」は二人で育む結晶なのかというと・・・


僕らだけしか知らない 美しく光る秘め事
何億年先までも 深く氷に閉ざされる



「僕」と彼女だけが知る「美しく光る秘め事」、つまり二人で美しく花開かせた過去の「結晶」は
「何億年先までも 深く氷に閉ざされる」のだから、
決してそれが再び表面化する可能性はないということなのか・・・・

二人で育んだ「結晶」は、二人の記憶と共に永遠に
「美しく光る秘め事」として氷に封じ込められる。
氷に閉ざされる二人の「結晶」。


まばゆいほどの言葉が 正しく繋がりつづけ
ま新しい結晶 いつしか花開くでしょう



「まばゆいほどの言葉」とは何か?
愛する者の言葉はどれもまばゆいものとして感じられるのかもしれないが、、、、

「夢・希望・願い」などの言葉は「まばゆい」という形容詞がふさわしいものだと思われる。
そこで、この歌詞中での「まばゆい言葉」は、「僕」と彼女がそれぞれに抱く「夢・希望・願い」を
意味するものとして捉えた。

そんな「夢・希望・願い」が、挫けることなく、逸れることなく、
想いに従って「正しく繋がりつづけ」ることで、
「僕」と彼女のそれぞれ別々の「ま新しい結晶」が
いつしか(未来)きっと、花開くでしょう・・と。

二人で育むものではない、それぞれが別々に花開かせる「ま新しい結晶」。


吐き出す息はまっ白く はっきりとカタチを見せる
思わず僕は口走る また君に会えますように



「カタチ」とカタカナ表記したのは、、、、
吐き出した息が目に見える形としての白さだけではなく、
「僕」の心の内が表層へ現れたことをも「カタチ」に込められているのだろう。

その「カタチ」とは「また君に会えますように」と口走った言葉。

「思わず口走る」ものは大概が『失言』と言われるものではないだろうか。
だとすれば、何故に「また君に会えますように」は「思わず僕は口走る」と
表現し『失言』とされるのか、、、、

もはや彼女とは後戻りのできない関係にあるのかもしれない。
もしくは、それぞれの「ま新しい結晶」が花開くまでは、
彼女に会ってはいけないのだと心に決めているのか。。。。
今、二人が会ったところで、それは不毛なものでしかないのか・・・

わかっていながら、それでも思わず口走ってしまう「僕」の言葉、
「また君に会えますように」は「僕」の切ない想いが溢れている。



冬の季節感を背景として、過去の大切な「結晶」の煌く美しさや、
彼女に対する想いの切なさが、優しく包み込むような情感たっぷりのファルセットと
まるで哀願するかのような艶っぽい稲葉の歌声で表現されて妙に染み入ってくる。
そして、未来への「ま新しい結晶」を思い描いてることで明るさもあり、
松本の和の匂いがするメロウな曲調に乗ってふんわりとしたあたたかさも感じられる。






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2006.01.28 | | Comments(0) | Trackback(0) | 楽曲

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