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ピエロなの?

どうもわからない。
私がイメージするピエロと稲葉さんのそれとは別のようだ。


あまりにも巷で『ピエロ』の評判が良いものだから、
そんなにいいのか?と、ついフラフラとシングルを購入してしまった。
何度も聴いたけれども、やはり試聴した時の印象と変わらず、
やはり私は少数派のようだと改めて思った。


そこで『ピエロ』の歌詞の中でとても違和感を持った箇所がある。

Getaway getaway オレはピエロ
ひたむきで滑稽な 逃亡者

どうしてここでピエロが出てくるのか理解できない。
この最後のサビ部分の「ピエロ」がまるで取ってつけられたように
浮いてるように感じられる。


歌詞はいわゆる略奪愛の果ての逃亡劇を歌ってると思われるが、
何故にそれがピエロとなるのかわからない。
人の女を奪って逃亡する男がどうしてピエロ的なのだろうか?
ピエロだとしたら、略奪するとは思えないのだけれど、、、、
何故、ここに「ピエロ」を持ってきたのかわからない。


う~~ん、こんな時にいつも深い歌詞考察をされるMさんだったら、
きっと私のもやぁ~っとした霞を取り払ってくれそうな解釈をされるのかもしれない。
残念ながら、そのMさんはご事情があってblogを休止中(と思ってる)なのだけど、
でもでも、

Mさん、助けてぇ~~~!!


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2006.04.19 | | Comments(2) | Trackback(0) | 楽曲

コメント

こんばんは、志凛さん。
おそらく志凛さんが望まれている「Mさん」だと思われる者です(苦笑)

最近は『ゆるぎないものひとつ/ピエロ』そっちのけで『RUN』ばかり聞いているマグノリアです。
やっぱりいいですね、稲葉さんの書く詞は。
最近つくづくそう思います。
稲葉さんの詞に救われる人は多いと聞きますが、その気持ち、今なら痛いほど分かります。
僕にとって『RUN』はそういう曲になりそうですね...


以下ピエロの考察とまではいきませんが、私が思ったことです。
志凛さんのお役に立てればよいのですが...

志凛さんもご想像のように『ピエロ』は、社会的にはあまり歓迎されない形のもの、率直に表現すれば略奪愛、それに伴う逃走劇が描かれているように思われます。
その略奪愛も、「あいつは血まなこ」や「憎しみ燃やす」に導かれように
かなりヤバイところまでいってるご様子。

さて、女性を奪った主人公・ピエロさんは、一体どこからどこへ
向かっているんでしょうか。
当然、追っ手から逃れるため「地の果て」へ向かっているのは確か。
ピエロさんも言っているように「地の果て」とは「この広い世界の中 2人しかいないような寂しさかみしめ」なければならないような非常に暗く・寂しい場所。

しかし、それはあくまで物理的な、いわば「地の果て」という名の「場所」でしかないのです。

そうではなく、私は物理的とは異なる、内証・精神面の動向がどこに向けられているのかに注視・注目したいのです。

ピエロさんは「桃色に染まりゆく 東雲を追いかけて」逃亡劇を
開始しています。
東雲とは、東の空がかすかに明るく明瞭になりかける頃のこと。
簡略にいえば明け方のことですね。
つまりピエロさんたちは、辺りはまだほとんど暗闇で支配されている中、
わずかな桃色に染まりゆく東雲に向かい逃走を開始するのです。
暗闇の中に見つけた一寸の僅かな光。
二人はただただ愚直にその光を頼りに、暗闇(=社会・追っ手)から逃れようとしている。
それはまるで、物理的な「地の果て」(=寂しく・暗い、つまり暗闇)を望む一方で、精神の中では「暗闇から光へ」の行使を続けているように私には暗示されてうつります。

そして彼らの精神は明らかなる光に到達するのです。
「あのカーブ越えりゃ 青い空」
「強烈な生と死の匂い」

生きるか死ぬかの瀬戸際を逃走するピエロさんたち。
物理的には誰も追ってこられないほどの遠方の「地の果て」(=暗闇)を求め、心はそれに相反する形で光を希求している。

心は辿り着けるのです。
「あのカーブ」を「越え」れば、「青い空」、そうつまり二人が求めていた光が姿を現してくれるのですから。
自らが希求していた対象が眼前に待ち受けている―。
その現実が精神の躍動を齎し、ピエロさんに「浮かれたように」「ポンコツカー」の「ハンドルを切る」という行動を起こさせたのでしょう。
浮かれたように活き活きとハンドルを切るドライバーのピエロさん、
容易に想像できますね(笑)

続く詞。
「今手に入れたんだよ 見たこともない自由 yeah」

逃避行を続けるピエロ御一行。
その中で、「青い空」に導かれる光を手に入れた。
そう、ここで唄われている「自由」とは身体的(物理的)な「自由」ではなく、
精神の「自由」。
いわば、闇から抜け出し、光に照らされ朗々とした自らの精神を「自由」と表現しているのでしょう。

ピエロさんの心は何らかの答えに辿り着いたのではないでしょうか。
『SAIHATE HOTEL』のように追っ手というのは、たとえ「地の果て」(=暗闇)であっても追ってきます。
こう捉えれば、物理的な自由が訪れることはない―。
つまり、二人の逃亡劇・逃避行は永続的に輪廻されることが理解されます。

精神の光の希求の完成・到達。
それは二人の精神を安堵させ、冷静に『これから』を考えさせるはずです。
ピエロさんたちが選んだ略奪愛・逃避行と言う、反社会的行為。
許されることのない行為。
それを冷静に見つめ始め、自分たちの選んだ、これから半永久的に続くであろう生き方と向かい合うのです。
生き方とは何か…人生とは何か…
ゆるぎないものひとつを手に入れたピエロは想い、伝えるのです。
「悲しいけど美しいのがLIFE」じゃないかと―。

自らを見つめなおしたからこそ言える言葉  ―悲しいけど美しいのLIFE―
そう、ピエロさんは逃げてはいないのです。
精神の上では逃げることも隠れることもなく堂々と自らの現状を見つめ、
歩むべき道のりを見据えているのです。

物理的行使は常に闇へ、そして精神的行使は常に光へ向けられている。

「Getaway getaway オレはピエロ   ひたむきで滑稽な 逃亡者」
「ポンコツカー」での実際の逃亡。
それはあくまで物理的な逃亡にしか過ぎない。
精神は逃げも隠れもせず、「これから」を目指している。
現実的には逃げていても、精神的には逃げていない。
そんな自分の整合性を欠く現状を、彼は自嘲たっぷりに「ピエロ」、
そして「ひたむきで滑稽な逃亡者」と表現しているのでしょう。

「暗い未来は もう描かない」
やっと精神の暗いトンネルを抜け出したピエロさん。
彼は言うのです。
「もうあんな暗い場所へは戻りたくない」と。
いや...戻るわけにはいかないと。


「二度とないマイライフ」
だから「夢のスピードはもうゆるめない」


Finally,
My analysis isn't a answer.
It's immortal alternative...


追伸:確か「getaway」には「逃げる」の他に「スタート」という意味があったはずです…よね、稲葉さん?(苦笑)


2006-04-20 木 02:33:59 | URL | マグノリア # [ 編集]

こんばんは、マグノリアさん。
コメントありがとうございました。
コメントレスは今日(20日)の記事のほうへ書き込みましたので
そちらをご覧下さい。

2006-04-20 木 21:49:55 | URL | 志凛 # [ 編集]

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