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コメントレス

昨日の記事で「Mさん、助けて~~~!!」と叫んだらば、
スーパーマンのごとく現れて、貴重なコメントを寄せて下さいました。
本当に嬉しい~~~!!

で、本来ならばコメントレスはコメント欄に書くべきところですが、
今日は記事に変えてこちらに書き込ませていただきます。


*********************************************************************

<4月19日記事『ピエロなの?』に頂いたコメントMさんへのレス>


>おそらく志凛さんが望まれている「Mさん」だと思われる者です(苦笑)
最近は『ゆるぎないものひとつ/ピエロ』そっちのけで『RUN』ばかり
聞いているマグノリアです。

はい、その通り、望んでいたMさんでございます。
マグノリアさん、コメントありがとうございました。
お待ちしておりました。(笑)

久しぶりにマグノリアさんの文章にお目にかかれて嬉しいです。


さて、マグノリアさんによる詳細な『ピエロ』に関する考察を
大変ありがたく拝読させていただきました。

逃亡劇を行使する男の心中のありようは、マグノリアさんがおっしゃるように
精神的な光を求めるが故の反社会的行為が、物理的な闇(地の果て)に向かわせ、
または世間や追っ手に背を向けて逃げ続けるという不自由さを抱えてしまうという
矛盾を孕んでるような現実を自嘲してるというのはよくわかってるんですが、、、

確かに、それはとてもひたむきな行為と思えます。
しかし私は、そこに滑稽さは感じられないのですが、、、、
まぁ、精神的な光(自由)を得る為に、
物理的な闇に追われ続けてしまうという事態(不自由)を
滑稽であるとするならば、それをピエロと結びつけるのもわからなくもないけれど
どうもストンと入り込んでくるようには納得できません。


>現実的には逃げていても、精神的には逃げていない。
そんな自分の整合性を欠く現状を、彼は自嘲たっぷりに「ピエロ」、
そして「ひたむきで滑稽な逃亡者」と表現しているのでしょう。


やはり「ピエロ」に関して、すでに私が持っているイメージとは重なりません。
この逃亡者とは逆に、現実的には逃げていなくても、精神的に逃げているのが
ピエロ的だと私は考えます。
私がイメージする「ピエロ」が表出する光そのものは、
実は闇を抱えた偽りの光であると思ってます。
しかし、この逃亡者である男が表出する光は、物理的な闇を抱えながらでも
手に入れようとする自分に偽りのない光だと思います。
だから、どうしてもこの逃亡者は「ピエロ」と結びつけて考えられません。

例えば、自分の中にある「ピエロ」というイメージを排除して、
歌詞そのものに整合性を持たせて考えようとすれば、
マグノリアさんが解釈されたとおりにも感じられ、納得できます。

やはり、この違和感は「ピエロ」に関する根本のイメージが
稲葉さんとは違ってることからくるものなのかもしれないと思いました。

結局、稲葉さんの歌詞『ピエロ』は自分の感覚とはズレがあるようですが、
おかげさまで、スッキリできました。
マグノリアさん、ありがとうございました。


『RUN』は、私も大好きな曲です。
15周年の渚園live映像での『RUN』も感動的ではありますが、
99年のBrotherhoodツアーの横国live映像が一番好きですね。
緊張感と迫力があってジ~ンと迫ってきます。


人間なんて誰だって とてもふつうで 出会いはどれだって特別だろう

だれかがまってる どこかでまっている
死ぬならひとりだ 生きるなら


この歌詞はとても好きです。



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2006.04.20 | | Comments(0) | Trackback(0) | 楽曲

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