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私色

ベランダのデッキチェアに座って煙草を吸いながら、目の前の風景を眺める。
以前も書いたように、そこには大学病院が見える。

真夜中の風走る空に病院の頭頂部が浮かんでいる。
聳え立つ煙突から吐き出される白い煙は天空に向かっていたかと思うと、左右に揺れてみたり
まるで生き物のように白い煙は形を変えては風に翻弄され蠢いている。
その白い煙に入院患者の叫びを感じてしまうのは、
何でも擬人化してしまいたがる私の癖なのかも。




例えば、窓から射し込む光に照らされたテーブルの角が妙に淋しそうに感じたり、
結局それは、その時の私の心の在りようが見ている対象に投影されているのだろう。
その時その場に複数の人間がいたとして、
目の前の風景はきっとそれぞれ違ったものであるに違いないと思う。
脳のメカニズムは知らないけれど、、、、脳の視覚神経で感知したものが、シナプスを渡り、
どこぞの神経かを通過して記憶に留められるまでには、
個々によって通過するフィルターが違うものだと想像している。

同じ事物を眼前にしても、絞り込む焦点の位置がそれぞれ違っていると思われる。
だから一つの現実的事象があったとしても、その一つであるはずの現実が
受け止める者の主体により何通りにも変容して遍在するのだろう。



そしてB’zの楽曲も、稲葉さんの創造した歌詞も、作者の意図から飛び立ち、
様相を変貌させては人々の感情に入り込んでいくのだろう。
そして、LIVEにしてもそうだろう。
観る者のテンションや感情、趣味嗜好、個人的背景など、様々な前提によって受け止められ方は一様ではなく、5万人いたとしたら5万種のそれぞれの『B’zLIVE』があるのだと思う。

5日のlive後の余韻をずっとひきずったままに1日が過ぎた。
なんともまあ口数の少ない、感情の起伏の無い1日であったことか・・・・・
わざと感情を表出させないように貝のように固く閉じこもっていた。



そして、もう今日の夜が今年最後の『B’zLIVE』
もちろん、いつだって、きっと感動や興奮が味わえるかも!
という期待を抱きつつ臨んでいるのだけれど、
こればっかりはね、作為的にどうこうできるものでもないわけで、
結局は自分が感じたままに『私色』の絵の具を塗りたくるしかないのだろう。
観て感じるのは私なのだから・・・・・それは私だけの、『私色』の『B’zLIVE』




「カラッポにならせてぇ~~!」稲葉さぁ~~ん





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2005.09.07 | | Comments(1) | Trackback(0) | 雑感

コメント

僕もはやくいきたい。。。

さっさと会社をでて、ライブにいきたいっすわ。

2005-09-07 水 11:59:22 | URL | ごう # [ 編集]

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