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あかい月

どんな漢字を当てたらいいのかわからないような色の『あか』
そんな、「あかい月」の夜だ。



今の自分の気分に妙にぴったりと重なるように思えた。
面白くもないことだけど、
書く気はなかったけど、
あかい月を見てたらふと言葉にしてみようかと...


自分にとって大切な人が不機嫌にしていると、
表面には出さないけれども、こっちまで気落ちしてしまう。
気取られぬように泣いているのがわかると、どうしていいものやら....


でも、してあげられることとできないことがある。
私が何か手助けしてあげられる問題ではないし。
それでも、こんな時に少しは気分を変えられるような、
何か気のきいた言葉のひとつでもかけてあげられたらいいのだけど、
そんなものも捻り出せない。

出口なり、今と違う道なり、突破口は自分で見つけるほか無いのだと思う。
いくら大切な人でも、私は「アナタ」にはなれないし、
それぞれ別の感覚や志向を持った別個の人間なのだから、
私の助言など用を為さないだろう。


しかし、こんな不機嫌に陥った原因の一端は
私にもあるのかもしれないと反省してる。
親しい人だと遠慮がなくなって、どうも一層言葉がきつくなるのかもしれない。
現実とはいえ、はっきりとものを言い過ぎるのかもしれない。
自分の感覚では平気だと思っても、相手にしてみればそうじゃなかったり...
それで随分人を傷つけてきたのかもしれない。


ただ、不機嫌な態度を見せてたり、泣いたりするってことは、ある意味、
私に甘えているってことでもあると思うけれど。


私の性分としては、ただじっと見守るだけはつらい。
まだその人のために労苦を尽くせるほうが、よほど精神的にラクかもしれない。
ただ見守って、待っているのは、私には気が重くなることだ。
きっと寛容ではないからなのかもしれない。


ありのままを受け入れるって、かなり難しいよ、稲葉さん。

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2006.08.06 | | Comments(2) | Trackback(0) | 雑感

コメント

こんにちは、志凛さん。
昨夜は大阪でも燦然と月が輝いておりました。
今日のコメントは、ちょいと長いです(苦笑)




大切な方のご機嫌から派生し、志凛さんご自身の心理も
かなり苦しい模様ですね。。。
お二人の関係、志凛さんが対象者の方にかけられたお言葉を
存じ上げませんので、ここではそれに関する無責任な発言は
避けさせていただきます。
「がんばれ」なんていう通俗的な言葉を、背景も何も知らない人に
言われたとしても、志凛さんには無責任としかうつらないでしょうから。。。

>ありのままを受け入れるって、かなり難しいよ、稲葉さん。

最近、『マグマ』ばかりを聞いているんですが、
これには「あるがまま」の受容を欲す主人公という構図が描かれています。
序章がかならず『冷血』でなければならないよう、
終焉は必ず『愛なき道』、『Little Flower』でなければならなかったと
僕は考えています。
右往左往しながらも、自己の置かれた状況を認知し、
「ひとりよがりのドラマ」からの脱出を試みる『マグマ』は、
作詞家・稲葉浩志自身のカタルシスだと僕は思うのです。
あまり稲葉さんの私生活に足を踏み入れるのは好きではありませんが、
『マグマ』制作の背景には、稲葉さんご自身が大切な人と離別を選んだ
という確固とした事実があるわけです。
現実世界の作詞者の現状と、詞世界の事象を直結的に重ね合わせるのは、
危険な考えかもしれませんが、こと『マグマ』に限って言えば、
それを否定できるとは思えません。

また、もしかしたら稲葉さんは『マグマ』において、
「右往左往」する必要性を示そうとしたのかもしれません。

―わかるもんじゃない そう簡単に
 人の気持ちなんて ねぇ? 神様 ねぇ?―

志凛さんが、「自分のキツイ言葉」に原因の一端があるのではと疑ったり、
対象者の方が自分に不機嫌な態度を見せるのは甘えていることかもしれない
と考えることなど、十人十色の仮説を立てながら手探りを繰り返しながら
その絡まった糸を解いていけばいいと思います。

『今夜月の見える丘に』における主人公は、大切な人の本心を
知りたいがために、異性を月の見える丘へと誘い出します。
主人公は思うのです。「彼女の笑顔の裏には僕の知らない本心がある」と。
だからこそ、心の模様がうつる夜空に誘い出したのでしょう。

このように稲葉的詞世界では、自己があるがままであるために、
そして他者のあるがままを覗くために様々な試行錯誤が繰り返されています。
主人公が月の見える丘に相手を誘い出したように、
志凛さんは、私に甘えているのかもしれないと思いをめぐらす。
形は違えど、それは相手の表面化された事実だけを受け取るのではなく、
もっと奥にある「わかるもんじゃない 人の気持ち」を知ろうとしている
試みに僕には映ります。
それは疑うべきもなく、その対象者の方が志凛さんにとって
かけがえのない「大切な方」である、なによりも確かな証明なのだと思います。




大好きな一節に次のものがあります。

「人間なんて誰だってとても普通で 出会いはどれも特別だろう」

志凛さんご自身が、ブログの記事に書かれるという行為からみても、
志凛さんも、そして対象者の方もお二人の出会いを
悔やむことは絶対にないと思います。
出会いの特別性を信じてみるのも、案外捨てたもんじゃありませんよ。

二度とない空間と時間なら そのswitchを押してみたらどう?
ねえどう? 押せよ! やれよ!!

2006-08-06 日 11:55:12 | URL | Magnolia # [ 編集]

こんばんは、Magnoliaさん。
ご丁寧なるコメントありがとうございました。
Magnoliaさんのお心遣いが、とても嬉しかったです。

さすがに鋭い洞察力でお察しくださったようで、
好意的に理解を示してくれる温かいコメントに気持ちが緩みました。
おかげさまで、今は落ち着いております。

>序章がかならず『冷血』でなければならないよう、
終焉は必ず『愛なき道』、『Little Flower』でなければならなかったと
僕は考えています。

私もここは動かせないものだと思っていました。
『マグマ』に関する考察も進んでるご様子のようで、、、
記事にupされることをとても楽しみにしています。


「人間なんて誰だってとても普通で 出会いはどれも特別だろう」

私もこのフレーズが好きです。
出会いは何かしら特別な意味をもたらしてくれます。
己を教えてくれます。

2006-08-10 木 00:16:42 | URL | 志凛 # [ 編集]

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