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活字と映像

ゆうべ泣いた。

本を読んで久しぶりに泣けた。
とてもいい気分で眠りに落ちていった。








やはり活字の世界が、ほどよい心地よさがあると改めて思った。

映像は視覚的にも目が疲れる。
もちろんPCなどもそうで、長時間は向かっていられない。
この小さな電脳箱には豊富な情報がギッシリ詰まっていて、
自分が必要とする情報も手軽に得られるに違いないのだけれど、
どうにも途中で嫌気がさしてくる。
例えば、専門的でちょっと難解な文章であると、
画面の字面を目で追っているだけではどうにも理解するのが難しい。
尤も、理解できる能力が私に欠けていることが一番の原因ではあるが、
まだ、紙面のほうが頭の中に入りやすいような気がする。

TV嫌いで、殆どTVを見ない。
画面に対する個人的な身体反応も影響していると思うが、
TV映像は、当たり前だが私の歩調に合わせてはくれない。
立ち止まって考える間もなく、
どんどんどんどん次から次へと映像が流されていく。
例えば、ふとかすめた疑問は次なる映像によってかき消されてしまい、
そのうちにそれさえも忘れてしまう。

どちらかというと、映像は感情に訴えかけるもので、
思考を促すような媒体ではないのかもしれない。
だから分かりやすい感情的なTVのほうが手っ取り早くて、
新聞よりも受け入れられるのかもしれないと思う。
私としては、映像制作者側の感情が煩わしくて好ましくない。

しかし映像を全て否定的にとらえているわけではなく、
速報性や、一目瞭然で迫り来る圧倒的な映像の迫力においては
新聞などの活字ではかなわない。
だからこそ影響力の強い映像が恐ろしいとも感じている。


さて、私が何故に活字の世界のほうが好ましいかというと、
映像とは逆に自分の歩調で進めるのがいい。
いくらでも自由に立ち止まることも、後戻りすることもできる。
まさに自分が支配しているような感じがよろしい。

そして、活字には隙間があると感じている。
見えないがゆえに言葉が想像力を喚起してくれる。
それは誰かに与えられたイメージではなく、
独自に感じて自分が描いた世界だ。

映像のように一瞬で消えてしまうことのない活字は、
何度でも思考を繰り返し、熟慮する時間を奪わない。
(私はそんなに考えていないけど)(苦笑)



ひとつ、TVさんに希望します。

新聞のTV番組欄を眺めると、
特に民放は娯楽面ばかり強化されているようで、
報道の担い手でもあるのだから、影響力があるところで、
視聴者におもねってわかりやすいことばかりを取り上げずに、
伝えるべき知られざる現実をわかりやすく伝える努力があってもいいと思う。


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2007.03.14 | | Comments(0) | Trackback(0) | 雑感

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