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Call If You Need Me

「必要になったら電話をかけて」


別れぎわに男は言った。
あれ以来、浩志には会ってもいなければ電話もかけていない。









「突然だけど、あした会えるかな」

「いいわよ」






「ひさしぶり、げんきそうだね」

「あなたもね」




川沿いのサイクリングロードの土手の草むらに寝転んで空を眺める。
五月晴れの青い空には濁りのない白い雲がまばらに浮かんでいた。



「いまさぁ、ひとつの雲だけ追っているんじゃない?」


「そう。よくわかったわね」
「どうしてそんなふうに思ったの?」


「オレがそうだから....」


「ふぅ~ん」
「いま思ったんだけど、完璧にボンヤリすることなんてできないのかもね」


「う~~ん....言われてみるとそうかもしれない」
「『完璧』と『ボンヤリ』じゃ、その言葉自体が仲間とは思えない言葉だもんなぁ」


「うん、そうだわね」
「それに完璧にボンヤリしなきゃいけないわけじゃないし、
やっぱり『ボンヤリ』は、ぼんやりとボンヤリするのよ」


「(笑)相変わらず、なに言ってんだかね、いいじゃん好きにボンヤリすればー」


「まっそういうことだけどね(笑)」



                *
                *
                *  
                *
                *
                *  
                *
                *
                *  
                
  

「やっぱり同じ匂いがした」
「お~~~んなじ空気感があって、感触も前と変わらないような、
そんな居心地のよさって、なんだかいいわね」


「そうだね、いいね」





それでも二人の和の算式が正の数にはなりえないとわかるから....




「必要になったら電話をかけて」



こんな言葉も稲葉浩志には似合いそうだと思った。
たぶんずっと会わなくても、どこかでつながっているような、
そんなふうに思えるような相手になりそうだと....






いきなり妄想から始めてしまったが、
久しぶりにレイモンド・カーヴァーの小説を読んで、
上記の妄想にあるような居心地のよさが感じられた。
もちろん、妄想は小説の内容とは無関係だけれども。

もうずいぶん前に、翻訳されている氏の作品は殆ど読んでいたと
思っていたが、氏がこの世を去ってから発見された未発表作品が
こんな単行本として2000年に出版されていたなんて、
今まで全く気づかないでいた。



『必要になったら電話をかけて』 レイモンド・カーヴァー
                村上 春樹 訳


短編が5作品収められていて、最初の『薪割り』を読み始めると、
「お~~~~レイモンド・カーヴァーだ!」とちょっと震えた。
懐かしい居心地のいい場所に久しぶりに訪れたような、そんな感覚。

そんな居心地のよい世界はどんなところかというと、
訳者である村上氏が本書のあとがきで記されているのだが、
私の感覚にピッタリとはまるように代弁してくれていて、
いやもちろんそれ以上に言い得ているのは当然のことで、
一部をここに引用させてもらう。


読んでいると、光景がいきいきと目の前に立ち上がって浮かんでくるし、抑制された不思議な静けさが漂っている。匂いがあり、温もりがあり、肌触りがあり、息づかいがある。世界を見つめる一対のたしかな目があり、それを文章に的確に移し換えていく熟練した技量がある。それらのひとつひとつの要素が、しっかりと有機的に結びつき、そこには紛れもないレイモンド・カーヴァーの宇宙が形成されている。



これらは未発表のままにしまいこまれていた作品であって、
たぶん完成形ではないのだろうし、プロの作家である村上氏の目には、
「いくぶんゆるい箇所が見受けられるのはたしかだ」なのだろうけれど、
一読者にすぎない私にはそんなことがわかるはずもない。
ただ、また再びカーヴァーの作品を味わえたことがこの上ない喜びだ。
しかも発刊から7年後に出会うなんて。


カーヴァーの短編に描かれているのは、
どこにでもあるような、誰の身の回りでも起こりえるような、
なんでもない日常の物語である。
そんな日々の生活の中で通り過ぎてしまいがちな、
指先のささくれの痛みのように些細な「ひっかかり」を掬い取り、
個人的な感情が絡み合う内面の異物感や不均衡さを実にリアルに浮き彫りにして、
装飾の少ない文章で巧みに描かれていると感じられる。
よくも、こんなところにまで意識が注がれて、
説明しがたい感情の機微を表出させられるのか!
たぶん私は、カーヴァー作品のそこに魅せられたのだろうと思う。



人のもの哀しさがあり、なんだか切なくて、
でもそこにはカーヴァーの温かい眼差しで包まれた世界があって
ちょっとこちらの気持ちまで柔らかくなってくる。







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2007.05.23 | | Comments(0) | Trackback(0) | その他

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