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LIVE総括(2)

・・・LIVE総括(1)より続く


まずはステージセット
アリーナ会場からセンターにCircleステージが登場した。
どこの座席からも肉眼でメンバーの姿が観られるという、
観客にとっては不公平感が緩和されたセンターステージだったと思う。
しかし、ドーム会場からステージ自体が回転してしまうという演出は余計なものだったと思う。
演奏するメンバーもやりにくかったと思うのだけれど・・・・
そこまでウケ狙いのような演出が必要なのだろうか・・・
演出というものは演奏を引き立てるものであるはずなのに、
アレでは妨げとさえ思えるのだけれども。
事故もケガもなく終えられてホッとしたが、あのような演出は不要だ。
個人的にはドン引きだった。
LIVEは演奏を聴かせることが最も重要だということを忘れないで欲しい。



そして愛バクの時に観客席に風船が落ちてくる演出もどうかと思った。
多くの客が頭上に気を取られ、
はたまた風船落下地点の観客達は我先に風船を得ようと奪い合う。
椅子に立ち上がってしまうという客も見受けられた。
そんな光景を目にすると、本当に興醒めしてしまう。
そんなに風船が欲しいの?
私には理解できない。

もともと演出は不要だと考える私には、
演奏の妨げになるような演出は気分を殺がれるものでしかない。
演出家の方はコンサートというよりもショーとして捉えているようなので、
このような演出は続けられるのかもしれない。
観客の大半はこのようなものを求めているのだろうか・・・
ショーが観たいのならば他にいくらでもあるだろうに。


そして稲葉さんのMCも何度かあって、やはりそこで演奏の流れが中断されるのが嫌だ。
実際に思ってることを言ってるのかもしれないけれど、多少は違えてもどこの会場でも同じような
台本通りのような予定調和的なMCが繰り返される。
もちろん一度だけの参加の人もおられるだろうが、いまやネットが普及して情報は流されてるわけで、会場に来てから、全く初めてMCの内容を知る人は少ないのではないだろうか・・・

どこの会場でも同じようなMCをする稲葉さんの内面はどうなのか・・・と余計な思いが巡らされて
言葉の裏側を考えてしまい、これまた興奮がかき消される原因になる。
お願いだからMCは初めと終わりの挨拶だけにして欲しい。
観客に気持ちを伝えたいのなら、シャベリではなく演奏でそれを表現して欲しい。


やはり観客の一斉の手扇子はどうも・・・・
視界が遮られるし、中にはリズムに合わせきれずに戸惑ってる手もあるし、、、
無理に皆に合わせようとしなくてもいいんじゃないの!?
好きに動けばいいんじゃないの!?
それと手拍子が多いのがちょっと・・・
ミディアムテンポの曲からは殆どやってるように感じた。(会場により差があるが)
バラードでもちらほらと、ギターソロでやられたら音が消されるし、残念だ。

それぞれ好きなように楽しめばいいとは思っているけれど、
どうしてもB’zファンのノリが馴染めない。
他の邦楽のliveは参加したことないから知らないが、同じようなノリなのか?
しかも演奏中や曲間にオシャベリする人が多くて、演奏中に近くでオシャベリされると耳障りだ。
私が参加したことのある洋楽liveでは、客のノリに関しては全く違和感を感じたことはないけれど、多くのB’zファンと私はノリがまるで違うようだ。


稲葉さんの喉の調子や体調も良かったと見え、声量も十分に歌声が響いていた。
松本さんのギターも気持ちよくliveならではのアレンジもあって、楽しめた。
しかし、感動して泣いてしまう人が多いと聞く『ALONE』や『OCEAN』を聴いても、
なんら心動かされることはない。
別に皆と同じように感動しなければいけなくは無いのだからいいのだけれど・・・・


まぁ、live中にこのようなことを感じてたりするので、
稲葉さんが言うような『カラッポ』には到底なれるものではない。
ただ『Mannequin Village』『哀しきdreamer』『BLACK AND WHITE』の3曲のみは
ドップリと曲に浸っていられた。ただただ演奏のみに集中できた。
私には煩わしく感じる手拍子も手振りも殆ど無くて反応も静かだったので、
気が散ることもなく楽しめた唯一の箇所かもしれない。

こうして考えてみると、私にとって歌詞はそれほど重要ではなくて、、、、
後からついてくるもので、音が私を興奮させるのだと思える。
メロディやリズムに歌声、極端に言えばデタラメ英語で歌ってくれていいし、
スキャットやフェイクで歌ってくれても盛り上がれるだろう。
確かに稲葉さんの書く歌詞は素晴らしいと思うし、意味のある言葉として伝わってくる音楽として
これほどに好んで聴くのはB’zと稲葉浩志でしかないのだけれども。
私の場合、意味のある言葉に感動するのではなくて、音から感じられるものに興奮するのだろう。実際に、洋楽なんて理解できるのは数少ない単語の断片でしかないけれど、また楽器演奏だけのjazzやクラシックにしても興奮し感動して涙することだってある。
この辺の私の感受性も、B’zでは感動や興奮を味わえないことに影響してるのかもしれない。

特別な演出やMCがあることによって、音による表現が半減されてるように感じてしまう。
演奏だけでは伝えられないのか?
演奏だけでは客を感動させ満足させる自信がないのか?

先日たまたま、ある邦楽バンドのlive映像をTVでチラッと観た。
10代や20代に人気があり、そこそこ売れているバンドであるが、
TVの音楽番組には殆ど出演してないハズ。
バンド演奏や歌に関してもB’zと比較すると見劣りしてしまうところも感じられるが、
しかし自分達の演奏を観客にぶつけているような気迫が感じられた。
ニコリとするでもなく、気の利いたMCがあるわけでもなく、
照明だけの演出で、ただただ演奏するのみだ。
しかしliveに対するモチベーションの高まりのようなものは、B’z以上に感じられた。

B’zは自分達のパターン化したlive構成スタイルに安住してると思う。
細部は変わっても、特効アリ、ファン感謝のMCアリ、、、、セットリストも曲調のバランスは
毎年似たようなもので、決められた骨組みにしっかりとハメ込まれていると感じられる。
全てが無難にまとまっていることで、演奏で表現したい気持ちが私には伝わってこない。


このようなことを感じながら参加してるLIVEだけれど、それなりに楽しめてる時もあるし、
全く気分が高揚しないままに終わってしまうこともある。
参加した中で一番に楽しめ、汗をいっぱいかいたのは幕張で、その逆は大阪の千秋楽だった。
同じようなlive内容でも自分の心境により感じ方がまるで違ってくる。
一度として同じ感覚は味わえないから、何度も参加したくなるのかもしれない。
もしかしたら・・・・見たこともない自分に会えるかもしれないと思って。




これからも私はアンチ的な感想を抱きながらも、
自分の望むlive像を夢見ながらずっとB’zを追いかけていくのだろうと思う。
稲葉さんの声と、松本さんのギターが好きだから。





しばらくナマ稲葉さんに会えないかと思うと淋し~~~い
稲葉さ~~~ん





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2005.09.24 | | Comments(0) | Trackback(0) | LIVE

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  • Author:志凛
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