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静寂の中で「時」を見る

人は、生きていくうちに大なり小なり何かしら“傷”を抱えることになる。
それは目に見えるもの、見えないものがある。


そんな数々の“傷”を瞬間に収めた写真展を観た。


その美術館の敷地内で出会ったのが、
昨日の『メタセコイア』なのでありました。











『石内都展 ひろしま/ヨコスカ』


miyako.jpg

1 <絶唱・横須賀ストーリー>
2 <アパートメント>
3 <連夜の街>
4 <同級生>
5 <1・9・4・7>
6 <爪>
7 <さわるChromosomeXY>
8 <BODY&AIR>
9 <SCARS>
10 <INNOCENCE>
11 <Mother’s>
12 <ひろしま>

これら12セクションごとに展示されていた写真の被写体は、
基地の街、古びたアパート、老い、
身体の傷跡、母の遺品、被爆者の遺品など。


それぞれに感じるものはあったが、
中でも<Mother’s>の写真を見つめていると目頭が熱くなり、
不覚にも涙がこぼれ出てきてしまった。
それは写真家・石内さんの母親の遺品であって、
自分の母親のものではないのに...

遺品である下着は照明効果によってディティールが際立ち、
その光の加減が、喪失感と共に、
時間的な奥行きと在りし日の「母」を想像させるのだ。


<ひろしま>の写真でも、それと似たようなことが感じられた。
被爆者の遺品となってしまった衣類は千切れて汚れてもいるけれど、
まるでファッション雑誌に掲載されているような、
美しいオシャレな写真だと思った。
カラフルなワンピースを着てオシャレを楽しんでいた生活があったのに、
一瞬にして全てが傍若無人に奪われてしまったという痕跡。
不在者の代わりに光が衣装をまとい、
観る者の想像力に訴えかけてくるような写真だった。


<アパートメント>に写し出されて見えたのは、
飢餓感に抗う人々の淡々とした生命力。
アパートの2階の共用廊下に西日(たぶん)が射し込んでいて、
それを階段の途中からとらえたような写真があった。
そこには人の姿は無く、何かを説明するような物も一切無くて、
ただ空洞のような廊下だけだからなのか、
廊下に面した部屋の住人の生活を想像してしまい、
その写真から妙に離れがたく、しばらくボ~ッとして眺めていた。






“傷”を負い、ある喪失感に襲われるという深い哀しみ。
しかしながら人はその“傷”を抱えて生きていかなければならない。
そこを切り取った石内都さんの眼差しが写真に表れていると思った。



人であれ物であれ、
一瞬の画像から生命の「時」が見えてくるようだった。








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2008.12.28 | | Comments(0) | Trackback(0) | その他

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