スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--.--.-- | | スポンサー広告

『機能美』の不在

晴天ではあるが寒風吹きすさぶ中、
武道館がある北の丸公園を通り抜けて工芸館へと向かった。

LIVEでもなければ足を向けない武道館。
はぁ.....催し物がないようで観衆の群れに囲まれることなく、
武道館は淋しげにひっそりと佇んでいるだけ。
「本日お休み中の武道館」の姿を初めて見た。



日曜日とあってか、
散策している人が結構いるものなんだな。
自分もちょっと散歩を兼ねてと思って、
敢えて九段下で下車したけれど、
いかんせん風が冷たくて、のほほんと散歩するような、
やわ~ぁんとした気分にもなれず、目的地へ早足でサッサッサ。












所蔵作品展
『きものの輝き/漆・木・竹工芸の美』

と、「人間国宝・巨匠コーナー」なども観賞。
2月1日は無料。V



ほんの一部、こんな作品群


kougei.jpg




確かに、どれもみな日常ではお目にかかれないような、
技巧を凝らした素晴らしい創作品であり、
中には個人的にグッと惹きつけられるものもあった。



でもなぁ・・・・


たしかに、ある物は初めからオブジェのように、
観賞作品を意識して制作されたのかもしれない。
しかし殆どはなにがしかの用途を持った物たちである。
その機能を備えた物が傷のないピカピカ状態で、
恭しく展示されているという姿を観賞していると、
なんだか虚ろな冷たさが感じられて、
自分自身の自由勝手な物語が描けないつまらなさが残った。





いやぁ~
凄いっ!
美しいっ!
素晴らしいっ!

と単純に感心はするけれども、
それ以上でもそれ以下でもないっていうようなつまらなさ。




本来持っている機能が生かされていない物は、
生命が吹き込まれていない「死物」と同じではないか。
それらの機能美が飼い殺しされているという哀しさがある。
長年人の手が触れ、その物の働きが繰り返されることによって、
初めて機能美が生まれ、味わいなり趣が備わっていくものだと思う。
長時間にわたり精魂こめて制作されたであろうに、
器は器として、箱は箱として生きていけないというのでは、
基本的な「事の始まり」が歪曲してしまっているようにも思う。


制作者自身はどう思われているのだろうか...




稲葉さんの中にも、
飼い殺しされている艶々光り輝く『機能美』が
ずいぶんあるんじゃないか!?



宝の持ち腐れじゃ、もったいねぇーっ!!

稲葉さんの『機能美』で
腹いっぱいなりてぇ~~!!(*´д`*)









スポンサーサイト

2009.02.02 | | Comments(0) | Trackback(0) | 雑感

コメント

コメントの投稿


秘密にする

«  | HOME |  »

プロフィール

志凛

  • Author:志凛
  • 稲葉浩志大好物

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。