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泣けた

「死」は生命あるすべてのものが避けられようもなく、
いつかは確実に訪れるわけで、
人間ならば、
人生の終幕として葬儀という最後のセレモニーがある。

自分が身内の葬儀でわかったことであるが、
葬儀は死者のためのものではなくて、
その遺族が、
身内の死を受け入れるための儀式なのではないかと思った。

映画『おくりびと』を観ながら、
改めて同じことを感じ入った。














『おくりびと』の監督、滝田氏は素晴らしい。
モックン扮する主人公が台所で嘔吐した直後に、
妻である広末に欲情していくシーンがあるのだが、
ここで「エロス」を描いてみせたことが凄いと思った。
もちろんモックンの演技にも拍手。

主人公が、はじめは戸惑いつつも新米の納棺師として、
「死体」を何度も目の当たりにしていく中で、
彼はおそらく「死体」のおぞましさ、
「死」に対する恐怖感といったようなものを抱き、
それらから逃れようとして、
直情的に「エロス」を求めるという行為に及んでいったのだと思われる。
その「生」の営みにもつながる「エロス」を描くことで、
「死」が克明に浮かび上がってくるのだ。

「死」はそこに単体としてあるものではなくて、
「生」の延長線上にあるものとして同一性を見出し、
納棺師の意識が徐々に「死体」から「遺体」へと
移行していくという布石にもなっていると思った。

納棺師として他者の葬儀という人生の終幕に関わっていく過程で、
主人公は自分の「生」を見つめ直していく。
最後には、失踪していた父に対するわだかまりも解け、
拒み続けていた「父」という存在が彼の中で回復し、
彼自身の「生」をも救済されていくという映画だと感じられた。

いやぁ~イイ映画だ。
久しぶりに泣けた。
笑いもしたし、切なくもあった。
パソコンの画面にかぶりつくようにして、
泣きながら鼻をかんだ。


自分の好きな俳優だからかもしれないが、
脇の俳優の方々も素晴らしい。
余貴美子、吉行和子、笹野高史と、
一人一人のセリフの陰には言葉以上の物語を想像させてくれる。
とりわけ、私を魅了したのは大好きな山努である。
フグの白子やチキンを喰らう時の口元や表情が、
なんともエロティックだこと!!
山努の佇まいや物言い、眼差し、
すべてがセクシーであり、怜悧であり、奥が深くて、
まさに私のツボを刺激しまくり、映画の内容だけでなく、
山努を感じるものとして余計に楽しめた。
老年になってもまだまだイケる。ww









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2009.04.13 | | Comments(0) | Trackback(0) | その他

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  • Author:志凛
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