スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--.--.-- | | スポンサー広告

哀しきdreamer

『哀しきdreamer』
シングル 『FIREBALL』 2ndビート
FIREBALL.jpg



歌詞・メロディともに、B’zでは今一番に好きな曲かもしれない。
今年の「THE CIRCLE OF ROCK」ツアーで初めて聴いた曲であり、
いっぺんで魅了されてしまった。
これこそ、私の体内から熱いものが噴き出してくるような楽曲だ。






吹きつづける風 葉っぱをちぎって 街を走って 心は揺れて
古いページを めくりかえして ため息ばかり でてくるなら
道徳不道徳 常識非常識 どっちつかずの 生活に気づいて
めんどくさいこと もうやめたいこと 山のようなうそ 全部忘れてみよう


一行目の歌詞は、過ぎ行く日常風景の例えではないだろうか。
日々、私たちが住む社会には様々な風が吹きぬけていく。
葉っぱをちぎるように荒々しく街をかけ抜けることもあるだろう。
そんな風に揺さぶられることで、人の心も揺れる。

そして、ふと来し方を振り返ってみることもあるに違いない。
あの頃(例えば子供の頃など)は抱え込むものは少なくて、
ただ欲しいものを求め続けたり、目の前のことに夢中になれたり、、、、、
そんなことを思うことでため息が漏れ、現在の自分に気づく。

社会の中で吹き抜ける風を感じながら、とりあえず道徳的に振る舞い、
非常識と思われてしまうような考えを打ち消しては常識的な行動に出る。
いつのまにか捉われてる世間一般の価値観の中で抑圧していってる自我。
そんなものを気にしながら生活することのめんどくささ。
そしてその為に自分をごまかしているような山のような嘘を感じて、
そんなものは全てやめてしまいたいと思ったりすることがあるだろう。
それら全てを忘れてしまえたらどんなにいいことだろう。



夢見てもいいだろう ちょっとくらい
逃げてるだけだと せいぜい笑うがいい
僕が変わってゆくところ ぜひとも 君には見てほしい then you’re gonna see


もう、そんなものから解き放たれて夢見て歩いたっていいんじゃないか・・・
世間では無価値だと思われる夢を追いかけようとする者を、
人は現実逃避だと嘲笑うかもしれない。
バカなヤツだと冷笑するのかもしれない。
それでも構わない。
夢見て踏み出していく僕の変化を君には見ていて欲しい。
君が見ていてくれるだけでいい。



なにで君の価値は 決まるのだろう 見えないものか 姿形か
どっちでもいい どっちもいっしょだ
真空地帯に どんなジャンルもないない


人の価値は何で決まるのだろうか・・・
「見えないもの」か、「姿形」か、、、、、そんなことはどうでもいいことであり
どちらかを選んでしまうこと自体が同じことなんだと。
そのどちらかに価値を置いた時点で、それ以外の全ては見落とされるであろうし、
また無価値なものとして切り捨てられるのかもしれない。
「夢見る僕」を嘲笑する人と同じこと。
価値を付与しない空間では、どんなジャンル分けもなくカテゴライズされることもない。
価値が存在しなければ、まさにそこは空虚な頼りない空間(真空地帯)である。



信じなくても おがまなくてもいい
体はムズムズしてくる we’re gonna feel


夢が叶うと信じたり、叶えられるようにと祈ったりしなくていい。
叶う叶わぬの結果ではなくて、そこに到達したいと思いながら歩む日々こそが
重要なことなのではないだろうか。
ただ体が感じるままに受け止めて、ただ自分が考えるように、あるがままに進めばいい。



何もかも消えて 生まれかわるよ 新しい日々が おとずれるよ
よけいなものを 捨ててごらんよ 値札はいらない 本当にできるなら?


物事に「値札」をつけてしまうように価値を付与することをやめ、
世間の既存の価値概念の縛りを解き放ち、自らそれらを捨て去った時には
新しい世界が開かれていくのかもしれない。
それはとても自由な世界なのだろう。
しかし自由とは身軽さだけではないはずで、責任が伴うものである。

そして世間の「一般の人が・・・・と思ってるはず」という自分を縛り付ける余計な価値を
捨てることは、自由で気楽な身軽さがあるけれども、
その一方では、誰の価値概念にも属さない独自な世界の中で生きていくという
孤独の重みがより一層感じられることになるだろう。
それゆえに『哀しきdreamer』なのだと思われる。


そのような『哀しきdreamer』として本当に生きていけるのなら?・・・・
『?』で歌詞の最後を結んでいることにリアルな稲葉浩志を感じてしまう。

歌詞はもちろん作詞者の日記ではないわけで、
稲葉浩志が『哀しきdreamer』そのものではないはずだけれども、
リアルな言葉として表現する以上は重なる部分はあるだろうと考える。
『夢』と引換えにしたものの重みを感じながら、
自分の中で『哀しきdreamer』は息づいているのかもしれない。
しかし「ぜひとも 君には見てほしい」と言える『君』の存在によって、
『哀しきdreamer』として生きられるのかもしれないと、愚かな私は邪推してしまう。







稲葉さぁ~~ん

私は「哀しき妄想dreamer」だよ~~~





スポンサーサイト

2005.10.25 | | Comments(2) | Trackback(0) | 楽曲

コメント

no title

新着ブログを見てたらここに着きました。
哀しきdreamerは僕も大好きです。

解釈を読んで、最後の「孤独」という言葉に共感しました。

なんか、決まりきった価値観ってありますよね?
僕も最近、みんなに嫌われてもいいから自分の好きなように生きようと思ってます。
大学もやめようと思ってるし。
 ゆったりとしたキャンパスライフが嫌いなんです。
まさに「どぎつい快感に惹かれるだけ安泰な日々を続けられない」って感じですw

いつも、「誰もわかってくれないけど 稲葉はわかってくれる」って思ってますw
では
僕のブログニも遊びに来てください。

2005-10-26 水 23:59:27 | URL | ルル # [ 編集]

はじめまして

はじめまして、ルルさん。
コメントありがとうございます。

>哀しきdreamerは僕も大好きです。

私の周囲では特別にこの曲を好きだと仰る方がおりませんで、
ルルさんのように「大好き」と共感してくださる方がいらっしゃって、少数派の私としては嬉しい限りです。

>なんか、決まりきった価値観ってありますよね?

私自身もそうですが、このように思った時点で既存の価値観に捉われた観点で
物事を見てるのかもしれない・・・・と自問したりします。

>いつも、「誰もわかってくれないけど 稲葉はわかってくれる」って思ってますw

好きで稲葉さんを見つめている方たちには、それぞれの自分にとっての
「稲葉棲みつき場所」を持っているのだろうと思います。
そして自分が好きなように稲葉さんと関わっていくのでしょうね。
私も、こんなことして楽しんでます。(笑)

早速ルルさんのblogをのぞいてきましたが、また後日ゆっくりと遊びに行かせていただきますね。



2005-10-27 木 01:07:06 | URL | 志凛 # [ 編集]

コメントの投稿


秘密にする

«  | HOME |  »

プロフィール

志凛

  • Author:志凛
  • 稲葉浩志大好物

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。