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エロスとタナトスの近接性

『エロス(性への欲望)とタナトス(死への欲望)の近接性』なんてことを
フロイトさんはおっしゃってるようだ。
・・・ようだ。って、私はその学術書なる難解なものは読んでないし、
その内容すら全く知らないのだが、
『エロスとタナトスの近接性』という言葉を見て、自分だけで納得してしまった。
以下はフロイトさんの理論とは全く無関係な内容ですから、誤解無きように。







エクスタシーを感じてる瞬間というものは、
自分でありながらも自我が消えたような感覚ではないだろうか。
というよりも、私自身がそのような状態がエクスタシーを感じる瞬間と考えるのだが。
自分が自分じゃなくなるような、人間とも思えぬような、、、、
アメーバのように原形をとどめずにいかようにも変容していくように、
まるで自我が消滅してしまったような、肉体さえも見失ってるような感覚だろうか。。。
消えるということは「死」ともつながる。

いろんな思惑が潜在する精神といういかがわしさが介入せずに、
湧き上る情欲によってつながる関係においては、社会と繋がる生命として
明確に実感することがあるのかもしれない。
<そこに生命を感じる(感じたい)と思い至るには、その人の社会との因果関係によって
思考されてきた過程が様々な要素を抱え混在していると考える。>
そのように生命を感じると同時に「死」も抱えてるという両義性が
エロスには内在していると私には思える。




そして、それを稲葉浩志にも感じられる。
ソロの歌詞に関しては『JEALOUS DOG』や『正面衝突』だろうか・・・
穿ちすぎな見方かもしれないが・・・・


『正面衝突』に関しては私の旧blogで歌詞解釈のような駄文を書いており、
フザケたアプローチでの解釈でありますが、お時間と興味のある方は覗いてみて下さい。

『正面衝突』
http://blog.goo.ne.jp/inabasiri/e/ff996610da7bb6d15d2e9225907cde6c






『浩志と志凛の近接性』

さぁー考察してみよっ!

誰がするかっ!!ケッ








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2005.10.31 | | Comments(0) | Trackback(0) | 雑感

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